働き方改革のすすめ
2019年4月より働き方改革関連法が施行されましたが、皆さん働き方改革していますか?
私はこの法律が施行される6年前より働き方改革をしてきましたが、働き方を変えるって本当にいいですよ!!
今回のブログでは、私がやってきた働き方改革の一部をご紹介します。
何かの参考になれたら光栄です。
今の私の働き方を簡単に言えばこんな感じでしょうか。
「お金や地位、肩書や名誉のために働くのではなく、自分を必要としてくれる人の為に働く」
なんて言っていますが、自分を必要としてくれる人の為に働くって結構難しいです(笑)
ただ固定観念にとらわれずに物事を考えればこれほどシンプルな考えはないと思います。
私は社会人になってから自分を商品だと思って仕事をしてきました。
自分という商品の価値性を高め、自分という商品を売り続けるにはどうしたらいいのか、そんなことを常に考えながら私は生きてきました。
その甲斐あって今では「お金や地位、肩書や名誉のために働くのではなく、自分を必要としてくれる人の為に働く」といった働き方が出来るようになりました。
もちろん、今のままの働き方で満足かと問われると、まだまだ満足していません。
もっと自分という商品の価値を高めて、自分を必要としてくれる人の為に働かなければいけません。
毎年当たり前のように売られている中村屋の肉まんやあんまんも商品開発者の努力によって飽きられずに売れ続けている訳で、私という人間も自分で努力して商品価値を高めて売り続けなければいけません。
これはある意味、私だけに限った話ではなく、人間誰しも常にそのよう意識をもって生きていかなければ、世の中は良くならない気がします。
「自分の存在価値を高める」
これこそが私の働き方改革ならぬ生き方改革でしょうか。
いきなり変化球なしのド直球な話をしてしまいました(笑)
ただ、このド直球なことを地道にしていくことで人生は実りあるものになるのだと私は確信しています。
もちろん、自分の存在価値を高めることが出来る人もいれば出来ない人もいるのが世の中というものですよね。
ではなぜ、そんな世の中になるのでしょう。
これは教育にあると思っています。
そもそも働き方改革って社会人になってからできるものでしょうか?
結婚して子供を2人、3人産んでからできるものでしょうか?
何でもそうですが、準備って重要ですよね。
社会人になる準備であったり、子供や妻を養う準備であったり、何かする前に準備をする。
これは言わば当たり前のことです。
ただこの当たり前のことが当たり前に出来ていない気がします。
これは小学校の教育で「自分の存在価値の高め方」ということを教えていないからです。
現在の小学校教育はどこか決まった形の枠組みの中で子供を育てる傾向が強く、子供の個性や才能を見極めて一人一人の特性を生かした育て方をしていない気がします。
もちろん、今の小学校教育の全てを否定している訳ではありません。
私の娘も小学校の教育を受けて賢くなって、娘から学ぶ事がたくさんあります。
なので、今の娘が受けている教育は素晴らしいと感じています。
ただ、これは小学校というよりも担任の方針次第で変わると思っていて、担任が変わればまた違った方針で育てられるので、娘が今後も常に賢くなる教育を受けられるかは分からないのが現状です。
こんなことがないように出来れば学校全体で統一した考え方で教育を進めてもらえたらと思うのですが、なかなか難しいでしょう。
であれば、自分の考え方に合った私立の小学校に通わせればいいではないか、と思う方もいらっしゃるでしょうが私の稼ぎでは通わせてあげることが出来ません。
となると何も出来ないのか、そんなことはない!と貧乏人の私はお金を使わず、頭を使って色々と考えました。
それが私の働き方改革の一つでもあるのかもしれません。
小学校の担任次第で子供は良くも悪くもなるのと同じように、親次第で子供は良くも悪くもなります。
そういう意味で、まずは自分自身の存在価値を高めることをしました。
というか、これは娘が生まれる前からずっとやってきたことなので、独り身の時以上に気合い入れて頑張りました。
ここからはちょっとやそこらの気合いではできないかもしれませんが、私はやりました。
それが、「小学校以外のところで一貫した教育をする」です。
どんな教育かというと私が校長ならぬ監督としてスポーツ鬼ごっこを通して人間形成をするといったものです。
方針としては「自分の存在価値の高め方」ということを理解してもらえるような教育です。
これは私が辞めない限り、一貫した教育が出来ます。
冒頭の集合写真はその教育現場です(笑)
写真に写る総勢45名、私が働き方を変えた事で得た宝物です。
小学1年生から中学1年生の異年齢集団は、実に様々な個性と才能をもった集団です。
体が動けば、感動が生まれる
今の世の中はお金を払えば何でも手に入る時代で、何か少しいい事があっても大きく感動できる事が少なくなっている気がします。
子供にしても、何かしてもらっても喜んで感動している姿をあまりみかけません。
ただ私の教育現場は常に感動に溢れています。
これも体を動かすのが楽しいと思えているからでしょうか、スポーツ鬼ごっこで得点が生まれたら全員で喜ぶ姿をよく見かけます。
どんな時でも動ける体にしておくことは子供も大人も同じで、一生涯続けるべき事でしょう。
そして動ける体で何らかの勝負をして、勝ったら喜び、負けたら悔しがる。
そんな当たり前のことを当たり前のように繰り返していく事で、子供たちの心は時に強く、時に優しくなります。
心が弱く折れかかったときには、「どんまい!」「次いこうぜ!」と仲間の声に助けられまた前を向いて進んで行く。
そんな環境で育った子供たちはみんな素直で純粋で勤勉な人間になっていきます。
このような人間こそが常に上を目指して自分の存在価値を高める努力をしていくのでしょう。
小学生の頃からこんなことが出来ていれば、社会人になっても他人から必要とされる人間になっていく存在価値がある人間になる気がします。
存在価値がある人間であれば、それこそ働ける選択肢も増えて、自分のやりたいことをとことん追求してできるようになるでしょう。
仕事は嫌々やるものではなく、楽しんでやるに越したことはないです。
ただそれは存在価値がある人間にしか出来ないことなのかもしれません。
だからこそ、小学校の頃から自分の存在価値を見出せるような教育をしておく必要があるのです。
もちろん、まだ私の教育現場から社会人になった人が出ていないので、なんとも言えませんが、きっと良い働き方ができるのではないかと思います。
いつの日か、教え子が社会人になって「今の仕事めっちゃ楽しい!!」と笑顔でいってくれる日がくるのを楽しみにしています。
将来のゆめ
「将来のことを考えるとワクワクして寝られない」
こんな希望に満ちた子供は今時いるのでしょうか。
私の教育現場の子供たちに将来のゆめを聞いたら下に書かれてある答えが返ってきました。
おはなやさん、おすしをにぎるひと、レスキューたい、たっきゅうせんしゅ、スポーツせんしゅ、小学校の先生・ネイリスト、スポおにの日本代表、なしのうか、だいく・スポおに選手、スポーツ選手(すいえい)、プロゴルファー、けんちくか、ゲークリ・マラソン選手、しょうぎのせんしゅ、サラリーマン、どうぶつにかかわること、スポーツにかかわること、せっきゃくぎょう、すいえいせんしゅ
世の中ではサッカー選手や野球選手、医師や看護師といった職業に就くのをゆめみる子供が多いのでしょうが、良いのか悪いのか私の教育現場にはあまりいないようですね(笑)
これも「その人それぞれに合った働き方がある」と私は思っているので問題ありませんし、むしろ喜ばしいことです。
どんな職業に就くにしても常に自分の存在価値を高めることを忘れずにいれば、どんな仕事も楽しいと思えるでしょう。
「仕事を義務的に行うと苦しいが、主体性をもって行うと楽しい」
これが出来るか出来ないかで働き方は大きく変わってきます。
そういう意味でも小学生の頃から主体性をもって物事に取り組む癖をつけさせる必要があると思います。
では主体性をもってとはどういうことか、私はスポーツ鬼ごっこを通して子供たちに自分の存在価値を高める方法を教えています。
存在価値を高めるとただ漠然といっていても高められる訳がないのですが、あることをすると的確に存在価値を高めることができるようになります。
そのあることとは・・・
「自分を知る」ということです。
知っているようで一番知らないのが自分とよく言いますが、本当にその通りだと思います。
なので人間は自分を知る努力を怠らずにするべきなのに、大概の人は自分を知る事を避けて通ろうとします。
なぜか?
それは、自分の嫌な部分や弱い部分をみるのが、嫌だからではないでしょうか。
嫌な自分を直さずそのまま進めば、もっと嫌な自分になっていくのに直せない。
もっと嫌になっていく自分を見るのが嫌だから、なおさら自分を知る事をさけていく。
嫌な自分
↓
直さない
↓
もっと嫌な自分
↓
直さない
↓
もっともっと嫌な自分
・
・
・
このようにして自分が嫌な大人が出来上がっていきます。
自分が悪いのにすぐに謝らない大人って皆さんが働く職場にも一人や二人いませんか?
そんな大人はもはや本気で自分が悪いと思えていない鈍感人ですから、何を言っても改善の余地はないでしょう。
ただそんな大人を増やさないためにも子供の頃からしっかり自分を知る教育をしておく必要がありますよね。
ということで、自分を知るのにもってこいの競技が、スポーツ鬼ごっこです。
まずスポーツ鬼ごっこをやるときに知れるのが、自分の足が速いか遅いかです。
この時に足が速いことが分かったらそれを武器にして試合に臨めます。
反対に、自分の足が遅いことが分かったらどうするのか。
まずは、足が速くなるように練習するでしょう。
さらに、足が遅い自分にできることは何かないかと考えるようになります。
僕は足が遅いからスポーツ鬼ごっこ出来ない、なんてことが言えないのがスポーツ鬼ごっこでもあります。
スポーツ鬼ごっこは7人制の競技であり遊びなのですが、なかには足が遅い子もいます。
そんな子が活躍できないかというとそんなことはありません。
足が遅い子でも活躍できるのです。
大切なのは、他の人に比べて劣っていることを知った時、そんな自分でも出来ることはないかと考えることです。
劣っていることが分かったなら他の人よりもたくさん練習する、これが基本ですよね。
残念ながら大人になるとこの基本ができなくなります(笑)
ただ社会人になって大成している人って、意外と小学生時代に他人よりも劣っていて、それを補うべくたくさん練習してきた人であったりします。
悔しい思いや劣等感は人間をダメにするものでもあり、強い人間にする強力なスパイスでもあります。
このスパイスをどちらに使えるようになるかは、子供の時の教育次第かなと感じています。
大人であれば考え方によるところが大きいですね。
そういう意味でもスポーツ鬼ごっこは運動が苦手な子でも出来るように考えられたものですから、これを上手に使えば素晴らしい教育ができると私は思っています。
サッカー、野球、バスケ、テニス、などなどメジャースポーツが日本にはたくさんありますが、どこか運動が出来ない子に対して排他的な雰囲気を感じます。
強いものは勝ち、弱いものが負けるが基本のスポーツ界において、運動が上手な子が生き残るのは当然ですが、運動が好きだけど上手に出来ない子にも目を向けてあげる必要があると思います。
私はどちらかというと後者の子に対しての指導が好きです。
なぜかというと、そちらの子供の方が成長するからです。
親自身が運動出来ないからといって、子供に運動をさせない家庭が増えてきているようですが、子供が社会人になった時に働き方に多様性を持たせるには運動が出来なくてもやらせることは大切な気がします。
そして、もっと大切なのが運動が苦手な子が上手になるような指導ができる環境を増やす事だと思います。
現在の運動指導は、運動が出来る指導者が教えているので運動が出来ない子の気持ちが理解出来ていないような気がします。
私は運動が出来なくて足も遅い子供だったので、足が遅くて悩んだりしている子の気持ちが痛いほど分かります。
そんな子供たちに出来る事はないかと必死で考えて、今の働き方をしています。
足が遅い自分をどうすれば速くする事が出来るのか考えて、それを子供たちへ伝える。
少しづつではありますが、体力テストでA判定を獲得する子も出てきたりして、運動が苦手だった子に自信をつけさせることができてきています。
働く時に大切な気持ち、自分を必要としてくれる人の為にどれだけ本気で自分を鍛えられるか、これが出来るようになると仕事が楽しくなるようです。
大変なこともたくさんありますが、それを乗り越えた時にやってきて良かったと思えます。
ちなみに、私の小学生時代に抱いていた夢はプロサッカー選手になって当時有名な選手だった(岩本輝雄氏、秋田豊氏、森岡隆三氏)と一緒にサッカーをすることでした。
残念ながら私はプロサッカー選手になれませんでしたが、スポーツトレーナーとして3人にマッサージや治療をすることができましたよ。
そして、遊びではありますが、3人の方々とサッカーもできましたし、秋田豊さんの息子ともサッカー出来ました(笑)
将来の夢をもつことって大切ですね。
自立させる
子供はなんでも自分でやりたがるのですが、それをやめさせる人がいます。
やめさせる理由は人それぞれですが、多くの場合「危ない」といった理由があげられます。
危ないの判断はその人が勝手にするものであって、やってみないことには分からないと私は思います。
やってみたいと子供がいったらやらせてみるのが子供を自立させる秘訣です。
さらにいえば、やってみたいという環境を増やしてあげるのも子供の周囲にいる大人の役目でもあるのかなと思っています。
そんな経験をすることが、実は存在価値を高める努力になるのです。
よくこのように言う人がいます。
「やってみて失敗したらどうするの?」
このような人は失敗する事を悪い事だと思っている人なのですが、私は失敗することは悪い事ではないと思っています。
人は誰でも失敗します。
失敗してやっと「このままじゃヤバい」と気付けるのです。
なんでもそうですが、人間は痛い思いをしないと分からない。
痛い思いをしてヤバいと思った時に本気で変わる努力をします。
なので、失敗して痛い思いをしている人ほど成長します。
可愛い子には旅をさせよなんてことわざがありますが、まったくその通りで小学1年生だろうと何でもやらせるのです。
そういう意味でも私の教育現場はスポーツ鬼ごっこだけに限らず、こんなところでも行います。
自分で調理する
小学生にもなると出来る事が増えてきて、運動とセットで重要な食事に関して自分でやれるようになります。
中でも子供は肉を焼くことを物凄く楽しんでやります。
なんか自分でやっている感が嬉しいんですよね。
いつもは親にやってもらうことを自分でやることで、親のやっていることの大変さを自覚したり、大人の気分を味わったり、子供の背伸びはりっぱな成長に繋がります。
ただまだ小学1.2年生の子供が肉を焼くのはちょっと危険がありますよね。
そんなの分かってますと言わんばかりに、高学年の子たちが横でしっかりサポートしてあげます。
肉を焼いたり、クレープや綿あめを作ったり、時々悪ふざけで色々なジュースを混ぜてドリンクを作ったり(※残さず全て飲み干しています)、子供の頃にしか出来ない楽しみ方をみんなでやる。
そんな全ての事が人間形成に必要な時間です。
これらが出来るのは、やはり集団あってのことです。
家族単位では決してできないことです。
スポーツ鬼ごっこをやる集団を形成したからこそ、人間形成に必要な時間がもてました。
これは私の狙い通り、娘が生まれる時に今の世の中の環境では確かな人間形成はできない、ならば自分でその環境を作ろうと思い今の環境を作り上げました。
働き方改革しておいてよかったと思える瞬間です。
今の子供たちは両親が働いていて夜ご飯も一緒に食べられないところが多いそうです。
「仕事だから仕方ないね」
こんな風に子供たちは思っているようですが、子供の心の目には涙が見えます。
親は仕事だからなるべく長い時間を過ごせる習い事させたり、親の送り迎えなしで行える習い事が今は人気のようですが、優先順位が高いのは子供ではなく仕事の人が多いようです。
「その人それぞれに合った働き方がある」
これが全てではありますが、もう少し子供のことを考えた働き方が出来たらよいのになと思うのは私のエゴでしょうか。
とはいえ、子供のことを考え上手に共働きをしている家庭もあるのは事実です。
それは、私の教育現場にいる家族たちです。
フレックス制のある会社に転職して、お金もしっかり稼ぎながら子供との時間も大切にする。
仕事をするのは当たり前、それにプラスして自分の存在価値を高める努力も惜しまずする。
このような働き方が出来たらどんなことがあっても強くすすめそうですよね。
なんてことを言いつつも私に出来ないことがあります。
それが老後の為に2000万円貯める働き方です。
今の稼ぎではとてもではないですが、老後の貯蓄なんてできたもんではありません。
ただ、老後の自分の存在価値を2000万円以上にする自信はあります(笑)
お金という物に2000万円の価値をうみだすか、自分という人間に2000万円の価値をうみだすか、究極の選択ですがどちらにしても「その人それぞれに合った働き方がある」ことを忘れずに日々を一生懸命生きていきましょう。
究極の選択といいつつ、両方とも出来たらいいのでしょうが、そんな都合のいい話はないので、私は引き続き自分の存在価値を高める努力をしていきます。
2000万円の存在価値をもった人間になれば、自然とその周りには人や物があつまるものだと私は思っています。
といったところで、私の働き方改革の話でした。
思っていたのと違った話だった場合は申し訳ございませんでした(笑)
ただ何かしらを変えるきっかけになれたら幸いです。
私は6年前から働き方改革をしてきて本当によかったと思っています。
皆さんも少しづつ改革してみてはいかがですか?
といっても、いきなり転職したり、自営業を始めたりできる訳ではありません。
であれば、何ができるのか?
それは、今の会社に勤めながら「自分の存在価値を高める努力」をすることです。
お金以上に大事な自分という存在をもう一度見つめ直してみてはいかがですか?
まずは、健康管理から始めましょう!
その体では老後を悠々自適にくらすのではなく、病院のベッドで管に繋がれた生活を過ごす事になりますよ。
そろそろ本気で変えないとマズイです!!
それでは、またの更新お楽しみに。